家探し

年が明けて、ひと月が経った。

一月は時間があれば、家を探していた。住んでいる家の更新を機に引越しを考えているからだ。

家を探していると、今住んでいる家の良さや悪さを改めて発見する。

でもなんだかんだこの家は少し狭いがいい家だなと思う。

たぶんそれは、ほぼ一日中良い光が入っていること。そして窓から大きな木(近所の人はその木をトトロの木と呼んでいる)が見えていること。あと、家の前にちょっとしたスペースがあること。その三つのことが大きい。

 

家を探していて、自分は何を気にしているのかと思うと、場所や広さなどはもちろんあるが、その他に、入ってくる光と窓からの風景、そして変化する余白についてだった。

変化する余白というのは、そこにはあるけどなくてもよいもの。断定できずに定まらないもの。つまり、遊びのような部分だ。

今の家で言えば、家の前のスペース。そこで向日葵を育てたり、椅子を出し、川を見ながら妻とサンドウィッチを食べたり、そこに積もった雪で雪だるまを作ったり、またそこから向こう側を見ると猫が窓から顔を出していることもあった。

トトロの木も、余白のようなものだろう。そこには春、夏、秋、冬と変化する風景がある。

自分の意識によって色々と感じられるその余白が、日々の生活を柔らかく彩る。

 

僕らのなかなか厳しい予算で条件に合った物件には、そんな余白をみつけられることは少ない。

出てくるのは同じようなつくりの家ばかり。

僕の優柔不断さも相まって、今もまだ探し中。妻は僕に呆れてもうこの家のままでいいんじゃないかとも言っている。

確かにそうかと思ったりもする。

 

どうなることやら家探し。